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17
2012
2012年3月
やっとの事で、親子馬のきずなを繋ぐチャンスが訪れた時
子馬の側に連れてきた母馬の後駆が小刻みに震えているのに気がついた。
この震えは出産による痛みと恐怖が原因しているのだろう・・・。
そして、その原因となった子馬に対して、
母馬は恐怖心や敵対心を持ったのだと自分なりの推測をし、
その痛みを取ることによって育児拒否の行動は、
改善されるのではないかと感じた。
それに、体に痛みがある状態で授乳を促すのは難しいと思い、
私は再び牧場の娘さんに電話で指示を仰いだ。
この状況で使用してはならない薬を使いたくなかったからだ。
彼女は、与えても良い痛み止めと鎮静剤の種類を教えてくれた。
両方とも常備薬としてあるものだ。
鎮静剤は母馬が仔馬に危害を与えるチャンスを少なくするために使用する。
その他に、母乳がちゃんと出るかの確認が必要だとアドバイスを受ける。
もし母乳が出なければ人工哺乳をせざるおえないので、
親子のきずなを作る作業は必要ないからだ。
痛み止めは口から投薬できるものを持っていたが、
鎮静剤は首の静脈に注射する必要がある。
こんな時は、やはり1人だととても不自由だ。
放牧地には馬を繋ぐところがないので、
1本の引き手を頼りに一人で馬をコントロールしなくてはならない上に
注射針を刺すときに馬が動いたら血管を狙うのは難しい。
そして、もし失敗すれば助手なしでは2度目に針を刺すのは至難の業になる。
馬は逃げられると分かるとまず同じ事はさせないから
失敗は許されない状況だった。
鎮静剤の入った注射器を右手に持ちながら
私は再び高鳴る鼓動を抑えるために深呼吸した。
緊張が母馬に伝わらないようにゆっくりと息をしながら、
左手の親指と人差し指の間に引き手を置いた。
その手で馬の首の側面下に平手を当てるようにして、
親指で血管のある所を押すと血管が浮いて出た。
じっとしていてくれることを祈りながら、
「よしよし、お願いだから動かないでねぇ・・・。」
と静かに声をかけながら、スッと血管目指して注射針を入れる。
母馬は針が刺さっても静かにしていてくれた。
「良い子だねぇ〜、もうちょっとだからね・・・。」
また話しかけながら、今度は血管にちゃんと針が入っているか確認するため、
注射器の薬を押し出す部分を引く。
パァーッと勢いよく血液が注射器の中へ流れこんで、
上手く的中したと分かったときの安堵感は何とも説明できない。
鎮静剤が効いて、頭が下がってきた馬の首を何度も愛撫しながら、
「ありがとう・・・」
と思わずつぶやいてしまった。
母馬はなんとかなりそうな状況になったが、次は仔馬である。
木の臭いのするものを、自分の命をつなげる存在と認識してしまった仔馬に、
「そうではない。」・・・と、
どう分からせれば良いのだろう。
またブツブツと頭を巡らせながら、
とにかく指示されたことはやってみようと、
持ってきた後産を仔馬になすりつける作業にとりかかる。
木の柱は放牧地の四隅に立っていて、
仔馬は母馬と角の木枠で囲まれた状態になっていた。
鎮静剤でボーッとしている母馬を引手で持ちながら仔馬の近くに立たせ、
(きっと驚くだろうなぁ・・・)
と思いながらゆっくりと後産を仔馬の背中に置いた。
仔馬が飛び跳ねてどこかへ行ってしまわないように、
動いたら自分の体でブロックできる体勢をとっていた私は、
後産を乗せたその小さな背中が、
じっと動かずまだ目の前にあったので意表をつかれてしまった。
訳が分からない。
私が体に触れるのはあんなに嫌がったのに、
まるで後産はセーフだという感覚が体に残っているような様子だ。
本能と言って良いのか、生きるための体に染み着いた知恵とでも言うのか・・・。
(通常の出産シーン。産まれたばかりの仔馬です。 お母さんと繋がりを作ってる状態です。 2011年撮影)
私は、仔馬が動かないのを良い事に、
触られるのを一番嫌う頭部周辺も
後産でタオルを使う時のようにしながら首から頭へとさすった。
これだけすれば充分だと思い、
手を仔馬の顔から放そうとした瞬間に、
また信じられない事が起こった。
顔から離れていく後産の臭いを追うかのように、
仔馬の鼻面が私の手の行く方向に動いたのである。
後産の作業は、母馬に我が子を認めさせるための行為だと思ったが、
仔馬に対しても効果バツグンで、ちょっとした偶然からの大発見だ。
牧場の娘さんは、母乳を絞りその臭いで仔馬を誘導するように言ってたが、
出るかどうか試しにしぼったら、確かに白い乳は出るが、
ジワッと滲み出るようにしか出てこないため
後産を母馬の腹部や後足の間になすりつけて、乳房へと誘導することにした。
この方法は面白いほど効果があって、
仔馬はハタと夢から覚め我に返ったような様子を見せ、
後産の臭いのある母馬の後足の方へと誘われていった。
そして、生まれたての仔馬がみんなするように、
初めは母馬のお腹や後足を鼻でつついたり、
舌で触れたりしておっぱいを探し始める。
そんな仔馬をうとましく思ったのか、
母馬は鎮静剤が効いているにも関わらず、後ろ足で払おうとした。
(仔馬はあちこちお母さんの体の臭いを嗅ぎながらおっぱいを探します。母馬は仔馬のお尻を鼻で押して乳首に誘導することもあります。)
(行きすぎてお腹の下をくぐってしまいました。)
(そしてやっと目的を達成することに成功しました。ここまでくれば一安心できます。)
私はそんな母馬の行動をたしなめたい衝動にかられたが、
強く蹴る様子はなかったので、
今は精神的な安定が一番大切だと思い、
神経を逆なでするようなことは避けるようにした。
「よーしよし・・大丈夫だよ。恐いことなんにもないよ。仔馬がお腹空いてるって・・・、
おっぱいあげようね。」
母馬の背中をゆっくりとさすりながら、静かに話し続けた。
仔馬は足で払われる度にヨタヨタ、フラフラし、
あとちょっとで乳首を探し当てられるというところで、
目標から遠ざけられてしまう。
それなのにこの仔馬は臆することなく、
果敢に母馬に近づき、おっぱいを飲もうと挑戦し続けた。
見ていてハラハラしたが、本能に動かされながら生きるための行動をし続ける
仔馬の一生懸命な姿に胸を打たれた。
なんとか仔馬の力になろうと、私は右手に引き手を持ちながら、
同時に母馬の右前足を持ち上げてみる。
本気で仔馬を蹴るつもりなら、こんな方法で阻止は無理だが、
これが功を奏した。
何回かの挑戦のあと、
仔馬は静止してる母馬の後足の間に上手にもぐる事ができ、
「そこだよ!頑張れ!あともうちょっと!」
と声をかけた時には、既におっぱいにたどり着いていて拍子抜けしてしまう。
それにしても美しい光景だ。
ここまで来るのに大変な思いをしたせいもあるが、
今までで一番感動的な親子馬の姿がそこにあった。
いつまでも遅れを取り戻すかのように、
ひたむきにおっぱいを飲む仔馬を見ながら
ぐっと来るものがあり、涙が出てしまう。
もちろんその時の私は、次に起ころうとしている
バトルの事などは予想だにしていなかったのだが・・・。
2012/04/17 9:17:58 | リンク用URL
Apr
16
2012
2012年3月
放牧地で産み落とされた子馬を馬小屋まで移動することと、
育児放棄した母馬に授乳を促す作業を1人でやってみようと腹をくくった私は、
子馬から少し距離を置き、しばらくシェッドの中に立ち尽くした。
壁に鼻面を押しつけ、
丸めた舌を口から出しておっぱいを捜している子馬を見ながら、
どのように子馬をバーンまで連れて行こうか考えをめぐらせた。
子馬を放牧地の外へ誘導するには、両腕を使わなくてはならない。
その状態でゲートを開けるのは無理なので、
前もって全開にしておく必要があった。
子馬の母親を含め、そこには4頭が放牧されている。
その馬達が開いたゲートから出ないように
まずは放牧地の奥の方で餌をやることから始めた。
馬達が配られた餌を一心不乱に食べているのを見届けて
まだシェッドの中にいる子馬を壁で挟み撃ちにして、
捕まえることに成功した。
人に慣れてない子馬の誘導は、絶対に逃がさないよう気を付けなければならない。
広いところで逃がしたら最後、バネ仕掛けの人形のようにすばしこく動いて
1人で捕まえることはまず無理だろう。
仔馬を両腕で抱きながら足を踏ん張り、
子馬の胸前に左腕を回す。
さらに右手で子馬のお尻をつかんで、
グイッ!グイッ! と前へ押し出し一歩ずつゲートに向かって歩いた。
人によっては、子馬を大人しくさせるのに尻尾を真上に持ち上げる方法をとるが、
私は苦痛を与えるような気がしてそれはしたくなかった。
幸いにも子馬は少し抵抗したが、案外素直にゲートの外まで誘導させてくれた。
そこからバーンまでは距離があり、また戻ってくるには時間がかかるので、
餌を食べ終わった馬が放牧地の外へ出ないようにゲートを閉じる必要がある。
そのため、一瞬の間だが子馬から手を離さなくてはならなかった。
シェッドの中では、壁を利用して子馬を捕まえることができたが、
今度は壁になる物がない。
そっと近づき手を伸ばすと案の定、自由を得た子馬はサッと逃げてしまう。
そんな状態だったが、ゲートを出てしばらくは他の放牧地を囲むロープが張ってあるので、
通路の様になり子馬を後ろから静かに追いながら
上手くバーンの方向へと誘導できた。
問題は放牧地がない場所を移動させることだ。
放牧地とバーンの間には馬場を含め広い空間がひろがっているので、
通路の状態がなくなる前にまた子馬を捕まえる必要があった。
ところがその気配を感じた子馬は、
とっさに身を翻し、その勢いで電気ロープの間をくぐり抜けてしまった。
だが、これが幸いして空にしてある小さめの放牧地へ飛び込む結果となった。
(よし! しめた!!)
すごいチャンスだった。
これから馬小屋にたどり着くまで、どれくらいの時間がかかるか分からないので、
なんとかここで母馬に授乳させようと思いつく。
子馬をそのままにして、足早に繁殖の放牧地へ戻り、
母馬と一緒に後産も持ってくることにした。
後産はブニョブニョ、ヌルヌルする袋状のもので、
おそらく3キログラム位はあるだろう。
手で運ぶには大変なので、一輪車を使うことにする。
後産を積んだ一輪車を押しながら、母馬も一緒に引き馬して、
雨がまだ降り続く中、子馬のいる放牧地までたどり着いた。
子馬は何を思ったのか、放牧地のロープを固定するため四隅に立ててある
木の枠に鼻面を押しつけている。
本能がそうさせるのか、懸命に乳首を探す動作を続けている。
・・・「刷り込み」のような状態になってしまったようだ。
産まれて最初にかいだ臭いが板で出来たシェッドの壁だったので、
木の臭いに反応してしまう。
一輪車を置いて、母馬を子馬の近くに連れて行ったが見向きもしない。
とんでもない状況になってしまった。
この親子馬は互いにそっぽを向き、相手のことはまったく無関心だった。
喜ばしい子馬の出産がこのような状態になり、
おまけに天気は雨で、私の志気は下がっていった。
心の中にジワジワと込み上げる絶望感に襲われながら、
子馬をミルクで育てることも覚悟しなくてはならないと思った。
木の枠をチュウチュウと舌で探り命を繋ぐ乳を捜す子馬、
そしてその側で耳を背負いながら(耳を伏せる)、
子馬にこれ以上近づくなと意思表示をしている母馬。
かぶったキャップからしたたり落ちてくる雨を感じながら
私は途方にくれた。
母馬は子馬に接近することを嫌がり、
子馬は母馬にお尻を向けて木の柱にしゃぶりついている。
この異常な一組の親子馬を見ながら呆然と立ち尽くしてたら、
母馬の後駆がプルプルと震えているのに気がついた。
おそらくお産のショックと痛みが原因しているのだ。
それを見て、育児放棄をした母馬も大変な苦痛を経験したのだと理解できた。
この母馬は意味もなく子馬を捨てたのではなかった。
私は育児放棄をした母馬の気持ちが分かったとき、
この問題は解決できると直感した。
2012/04/16 0:16:31 | リンク用URL
Apr
12
2012
2012年3月31日
体調の悪そうな子馬の様子を見るために、
家を飛び出し、繁殖牝馬の放牧地まで小走りで行った。
放牧地を囲う電気が流れるロープの間をくぐり抜けると、
シェッドへは深呼吸しながらゆっくり歩く。
足早に動いて馬達を興奮させたくなかったし、
はやる自分の心も静める必要があった。
シェッドまであと数メートルというところまできたとき、
その反対側からヌーッと1週間前に出産した母馬が姿を見せた。
「ダメじゃない! 子供を置き去りにして、なにしてたの・・・」
と、具合の悪い子馬に近づきながら母馬に声をかけたら、
彼女の後ろからもう1頭子馬がひょっこり姿を現した。
(えっ!!)
と思った瞬間、やっと事態が飲み込めた。
体調が悪いと思った子馬は、
昨日検診を受けた牝馬が産み落としたものだったのだ。
きっとシェッドの中で出産して、
まだ子馬が立てない内に置き去りにしたのだろう。
ずっと向こうの離れた所で草を食べている牝馬の近くに、
後産が落ちていた。
育児放棄だ!!
・・・と思った瞬間、頭の中が真っ白になった。
(当たり前のように思っていた、母馬が子馬に授乳する光景 2008年撮影)
グリーンウエイランチを始める前にも、
他の牧場で行く度か馬の出産に立ち会う機会があったが、
母馬が自分の子馬に興味を示さない・・・、
こんな状況に出くわすのは初めてだった。
可哀想に、
子馬はシェッドの内側に張ってある木の板を母馬の体と思ったみたいだ。
おぼつかない足取りでフラフラしながら、
小さな鼻面で板をまさぐりお乳を捜している。
そこには哀れな子馬の姿があったが、
最初に懸念した病気でも、怪我でもなかった。
それを確認できただけで、気持ちは少しづつ落ち着いてきた。
ただ、この状況にどう対応して良いのか分からなかったので、
週末で申し訳ないと思いながらも、
ドンペリドンを教えてくれた牧場の娘さんに電話をした。
「産まれたの?」
彼女は、着信で私からの電話と知ったのか、挨拶する前にいきなり切り出した。
馬を扱う人は感の鋭い人が多い。
「うん、放牧地で産んだんだけど、母馬は子馬に全く無関心なのよ。」
それを伝えると、母馬が子馬をアタックしないことを前提に、
何をすべきか、彼女は指示を出してくれた。
「なるべく触らないようにして、子馬を馬房に移動しないとね。
そこで母馬に授乳するようにしむけるの。 その時、後産を子馬になすりつけるといいわ。
わたしも以前そんな事があって、子馬がお乳飲むまで5時間かかったわよ。」
子馬を馬房まで移動する、という話に私は困惑した。
「馬房までかなりの距離があるの。 1人で連れて行けるか・・とにかくやってみる。」
私は戸惑いながらも、そう伝えるしかなかった。
ただ彼女が言った、「5時間」 という言葉に少し救われた。
以前、獣医さんからは、産まれて3時間以内に乳を飲ませる必要があると
聞いたのを覚えていたからだ。
どちらが正解か分からない。
きっとどちらも正しいのだろう・・・。
ただ、現場で実際に経験した人の話は説得力があった。
「もし、ダメだったらまた電話して。 手伝いに行くから。」
娘さんのそんな言葉を最後に電話を切った後、
私は一人取り残されたような孤独感に浸った。
彼女は私がこれからやろうとしていることが、
大変なことだというのを知っていた。
私も想像しただけで、ほとんど1人では無理だと思った。
そして、こんな風に弱気になる自分を悔しく思った。
相手はたかだか生まれたての子馬ではないか。
(大丈夫、きっとできる。 大丈夫、大丈夫・・・。)
ダメだと思ったときに、自分に言い聞かせる魔法の言葉を何回も繰り返す。
この言葉は嘘のように効果があって、
今までも 「できない」 と思ったことを可能にした自分へのエールだ。
子馬の様子から、産まれてまだ2時間と経っていないはずだった。
まだ、たくさん時間はある。
まずは、この状況で何を最初にする必要があるのか考えを巡らした。
2012/04/12 10:25:03 | リンク用URL
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