アメリカ・ノースカロライナ州にある日本人向けの牧場「グリーンウェイランチ[GREENWAY RANCH]」ブログ

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2012

春の大奮闘 E、子馬との泥仕合

2012年3月

どれくらいの時間が経過したのだろうか、
子馬はいつまでも、
本当に呆れるほどにいつまでもお乳を飲み続けた。

雨雲は抜けていったが、そのなごりで空気は湿っぽく時折小雨が降った。
繁殖牝馬意外は、まだ朝の餌を食べていない。

それにも関わらず、たまに牧場の前を通り過ぎる車の音がするだけで、
周囲は妙に静かだった。
誰も嘶いたり、鼻をならして餌を催促することはなく、
馬房からもガタガタと餌時にたてる音はしなかった。

そんな静寂のせいかは分からないが、
無心にお乳を飲む仔馬の姿を見ている内に心が癒やされ、
自分がいる場所が世間から遠くかけ離れた、
どこか深い別の世界にいるような感覚になった。

IMG_0089.jpg



私はしばらく安らぎの中に浸っていたが、
それを中断させる様な体のきしみで現実に戻された。

子馬がお乳を飲んでいる間、母馬の前足を持ち上げていたため腰や肩が痛くなり、
現実に戻された私は、飼い付けを待っている馬達の事を思い出した。
子馬が満腹になるまで待つことはできない。

通常作業の他に、まだ最後の課題も残っていた。
それは親子馬をどうやって馬小屋へ連れて行くか・・・、だった。

上手くすれば母馬を誘導することで、子馬がついて来る可能性もあったが、
今の段階で足もとをチョロチョロと動く子馬を蹴らないという保証はないので、
まずは母馬だけ先に馬房へ連れて行くことにした。

母馬を引き離したら、
仔馬はキョトンとその場に立っているだけで後を追うことはなかった。
まだ一回の授乳では親子の絆は出来ていないようだ。

母馬を馬房に入れ、
子馬を連れて戻って来たときのために、
広いお産用の馬房は戸を全開にした。

ここに来てくれる装蹄師さんとは、馬の馴致や調教の話をすることがある。
彼は昔努めていたサラブレッド牧場の話をするのが好きで、
そこの仕事の内容をよく聞かせてくれた。

ある時、まだムクチで誘導のできない子馬を
ロープで動かす方法を説明してくれたことがあった。

もっとしっかりとその話を聞いておけば良かったと後悔しながら
放牧地に残した仔馬が心配でバーンの中をせっかちに歩き回り
ようやく綿でできている柔らかいロープ2本を見つけた。
そして、それらを結びながら足早に仔馬のいる放牧地へ向かった。

意外にも仔馬はまだ同じ場所に立っている。
やれやれ・・・、とホッとしながら不用意に近づいたのが良くなかった。
先ほどのことはすっかり忘れてしまったのか、仔馬は私から逃げようとしたのだ。

そして、それを捕まえようと腕を伸ばした瞬間、
仔馬は3本の柱を固定するため横に打ち付けてある板の下をくぐり抜けようとした。

最後までしゃがんでくぐれば何事もなかったのに、
板の下を仔馬の背中が通過するとき、
足を伸ばしたものだから地面と板の間に挟まれて動けなくなってしまった。

きっと馬は肉食獣が身を伏せながら獲物に近寄るような
ほふく前進はできないのだ、とこの時思った。

可哀想な仔馬はにっちもさっちも行かなくなり、
妙なかっこうで少なくとも10秒間位は踏ん張っていたと思う。

私もどうしたものか、どう助ければいいのかとワタワタしている内に、
仔馬はやっと、ほとんど力ずくといった感じで抜けることができた。

この板挟み状態がショックだったのだろうか・・・
放牧地の外に出た仔馬はじっと動かずにいた。
なにが起こったのかわからず、ボーッとしているようにも見えた。

私は静かに仔馬の側に行くとロープの端を首に回した。
それだけでは暴れたときに簡単に外れてしまうので、
ロープの余った部分を胸の回りにもかけるようにし、
犬が着けるハーネスのような形に結んでみた。

そして左手に即席のハーネスをつかみ、
右手で仔馬のお尻を押して最初にやったように誘導しようとした。
だが、あの時は上手くいったのに今回は難儀だった。
仔馬が足を突っ張って歩こうとしない。

お尻を押すだけでは動かないので、
両腕で仔馬を抱えては持ち上げ一歩ずつ前に進んだ。
だが、このやり方は大して進まないうちに、
腕、肩、腰が悲鳴を上げる。

非協力的な相手に両腕だけでは限界なので
今度は足も使うことにした。
仔馬の胴体の下に右膝を入れ、
腕の動きに合わせて足で仔馬を押し上げながら前へ出す。

ちらっと、数時間前に母馬から切り離された
まだ乾いてないへその緒のことが頭をかすめ
そこを痛めるのではないかと思ったがあえて考えないことにした。

仔馬は相変わらず、そして増々かたくなに足を突っ張る。
持ち上げられる度に前足でバタバタと空を蹴るため
私の向こうずねは何回もパンチを喰らった。

わずか数メーター進むのに永遠の時間を感じ、
体力も、そして抵抗し続ける仔馬に対して精神の均衡を保つのも限界だと思った。

いつもなら優しく接している仔馬に、
私は闘争心すら湧いてくるようであった。
どこからか激しい感情がこみ上げてきた。

息を切らしながら何か他に方法はないかと立ち止まり、
今度はあまったロープの部分を仔馬のお尻と飛節
の間に回し引っ張ってみようと思った。
   注:飛節=人間では踵にあたる部分で、馬にとってはお尻のすぐ下の大きな関節

仔馬もさんざん抵抗したため
鼻の穴が大きくふくらんでは閉じ、それを激しく繰り返している。

お互いにフラフラの状態だった。

少し息が戻った私は、仔馬が逃げないようにハーネスを握りしめ、
そこから伸びた長いロープを仔馬のお尻の下に回した。
両手でハーネスとそのロープを掴み
自分の体重を思いっきりかけながら前方へ引っ張ってみる。

これにはさすがに抵抗できず、2歩、3歩と歩き出した時である、
突然、仔馬は満身の力を込めてバッキングした。
頭をさげ、背中を丸め4本の足が宙に浮くほど
激しく尻っぱねをした。

まるでロデオの暴れ馬がするような勢いで、
数時間前に産まれた仔馬の
どこにそんな力があったのかと思わせるほどの迫力だった。

それを逃がすまいとロープにしがみついた私は、
仔馬が2度目のバッキングのあとにバランスを崩して倒れるのと一緒に転んでしまい、
地面についた手足が、ジーンズと手袋を通して雨水で濡れていくのを感じた。

これは、まさに泥仕合となってしまった。

IMG_0081.jpg



2012/04/23 4:24:44 | リンク用URL

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