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Feb
23
2023
40年ほど前に日本で海岸を散歩中に見つけた乗馬クラブ。
私はそこで乗馬初体験をしました。
その日から会社勤めをしながら、馬の背に揺れ感じる風や、高い視点から見える景色に感動したくて、頭の中はいつも乗馬を上達することで一杯でした。
ひょんな偶然から見つけた乗馬クラブは、今の時代感覚だと「乗馬クラブ」と呼ぶにはほど遠く、サラブレッドの種馬と繁殖牝馬の飼育をしながら、仔馬の生産、育成、販売、その他、現役競走馬の休養牧場と言うのが主な事業内容でした。
後に乗馬施設らしく整ってきましたが、訪ねた当初は「乗馬クラブ」の看板を掲げて間もない頃だったようです。
行動する前に検討するという性格が欠けている私は、他の乗馬施設を調べることなく入会したわけですが、そこで得た経験は他ではできない様な事ばかりでした。
最近では、お客様の安全面などが考慮され馬と関わる内容に制限の多い所がほとんどだと思いますが、この時代は比較的自由な風潮があり、また当時のこのクラブに乗馬専門のインストラクターがいなかったというのも私には幸運でした。
人手不足という環境だったため、自分で洗い場まで馬を引いてきて手入れをし、馬装する事はすぐに覚えました。
騎乗に関しては他の乗馬客がいないので部班形式ではなく、単騎で馬を動かしていました。
なんでも自分でしなくてはならず乗馬初心者にはハードな場所でしたが、人と馬の深い関わりが見られる環境があったので、私の馬に対する興味は尽きることなく増々深まるばかりでした。
馬の世話を手伝わせてもらいながら、馬の怪我や病気の治療に立ち会い、種付けと出産の現場、そして若馬の調教を見る機会など、馬がどのような過程で人を乗せるようになるかを知ることができたのは素晴らしい事でした。
会社が休みの度に泊りがけで通うようになると、牧場のオーナーは種馬(ヒリュウ)をいつも貸してくれるようになりました。
私はヒリュウに夢中になり、人参を入れたポシェットをいつも腰に付けて自分なりに馬との意思疎通を試みました。
そして、プロが馬を扱い騎乗している姿から様々なヒントを得て、ヒリュウからは実技を教わりました。
乗馬の前後にはピカピカに手入れをして、ヒリュウの首に抱き着くのが大好きだったのを今でも思い出します。
暖かい胸前に寄りかかりながら馬体に顔を押し付けると、太陽に干された香ばしい寝藁の匂いに交じって、ヒリュウの何とも言えない甘い香りがしてとても癒されました。
種馬なのにヒリュウは大人しく繊細な性格で、心が通じ合うようになると左右の前肢で「お手」をする事を覚え、乗る時は私が洗い場の横木を踏み台にして跨るまでそこに体を寄せて待ってくれました。
残念なことに、その乗馬クラブはもう存在しませんが、そこで私が身に付けた馬に対しての感覚や気づきはとても貴重でした。
人生の流れを色々考える時、なるべくして成った現在を感じますが、思い起こせばこの「乗馬クラブ」は今の仕事に至る原点だったのだと改めて実感しています。
馬の出産に立ち会わせてもらった時の写真。 会社が休みの日だったのでラッキーでした。
大好きな、大好きなヒリュウと。優しい馬でした。
乗馬始めて2,3年位の時の写真。ヒリュウに障害飛ぶのを教えて勢いで飛ばしてました。
障害飛越は見よう見まねでやってたので、今思うと本当に無茶してた!!!
自馬を持たれてる方と一緒に外乗。 私が乗っているのは現役競走馬です。
私は素人なので、今では「現役競走馬」に乗せてもらえるなんて考えられませんよね?
2023/02/23 22:40:24 | リンク用URL
Jan
24
2023
会社勤めをしていた当時24歳だった私は初めて乗馬を経験しました。
長い砂浜が続く海岸線を散歩していたら、気持ち良さそうに馬に乗って走っている人を見かけたのがきっかけです。
それは全く予期せぬ光景でとても感動的でした。
(すごい!あんなふうに馬と一緒に走ってみたい・・・)
見渡す限りの水平線を背に、海辺を疾走する馬と人。
その姿を遠く視界から消えるまで見送った後、暫く歩くと柵で囲われた数頭の馬が見え、そこには乗馬クラブの看板が立っていました。
その時が夢にまで見た乗馬を経験するチャンスでした。
引き込まれるように入ったクラブで間近に見た馬は、馬装のために洗い場に繋がれていて、その背は私の背丈ほどもあり、馬の大きさに圧倒されたのが第一印象でした。
初めて触れる毛並みはビロードのようで、逞しい筋肉の大きな身体を支える肢の細さに驚きました。
私を見つめる長いまつ毛の優しく澄んだ目に一目で魅了されてしまいました。
初めて体感する馬上からの景色は格別で、気分が高揚していたせいか不思議と怖さはありませんでしたが、馬場まで引馬された時は揺れが意外に大きく感じ、足をかけている鐙だけでは、バランスが上手く取れない様な気がして心細かったのを覚えています。
結局、この日たった一回の体験で私は乗馬、そしてそれ以上に馬そのものに夢中になり会社が休みのたびに乗馬クラブに通いつめるという生活を送るようになりました。
それが今の自分の仕事に繋がるキッカケになるとは夢にも思わず・・・・。
人生とは不思議なものです。
馬の何が人をそんなにひきつけるのか・・・。
その理由はほとんど同じなのです。
人は自分より遥かに大きく力のある馬とコミュニケーションをとりながら、自分一人では不可能なことを一緒に行うことができるからだと思います。
6000年もの昔、馬は人にとって食料だったと言います。
時を経て人は馬を飼育する術を編み出し、労働や移動の手段として生活に活用するようになりました。
馬を操作する上で馬とのコミュニケーションを可能とする道具、ハミは3000年も前に作りだされた物だそうです。
時代と共に人と馬の関係は変化して機械が馬の役目を果たす現代、馬は使役から解放され彼らの活躍の場は乗馬や競馬の限られた世界になりましたが、今でも馬に惹かれて密接な関わりを持っている人たちがいるのは興味深いです。
馬が本来持つ従順な性質と鋭い感覚が、人とのコミュニケーションを可能にしてきました。
馬を乗りこなすには彼らとの意思疎通は必要不可欠で、人はそのために馬の口に作用するハミを使いながら声や身体を駆使し、そして何よりお互いの感性を活かしながら相互のコミュニケーションを確立する方法を作り上げていく事になります。
(人参で馬のご機嫌取り。乗ること以上に馬と触れ合うのが好きでした。)
(5鞍目の騎乗。 まだジーンズとスニーカーで乗っています。)
2023/01/24 9:57:00 | リンク用URL
May
28
2020
2006年からコツコツと工事を始めて、やっと牧場らしい形が整ったのが2008年。
この年の春に、グリーンウェイランチの馬の基礎を作ったわが愛馬(Gunners Moll)が
出産したグリーンウェイランチ産の第一号がウィリーでした。
馬と関わった年月は長いものの、子馬が産まれたその日から毎日接して
成長を見続ける経験は、私にとってこの子が初めてでした。
晴れて牧場主にはなりましたが、
馬の管理や牧場の運営方法など、全てが手探り状態で何もかもが未熟。
その未熟さは、できたての馬房の新しさや、今より若く見える自分自身からも伺えます。
子馬が産まれると登録する為に馬の名前を考えるのも一苦労。
この子馬はとても腰が強くて、生まれて間もない時から後ろ足で立ち上がって歩き、
その姿がバイクの後輪走行を連想させたので、登録名は父親の名前を少し使って
それにウィリー(Wheelie)を加えました。
ウィリーの後に、グリーンウェイランチでは9頭の子馬が生まれていますが、
自分が全責任を背負って飼育する初めての子馬の誕生に、緊張もひとしお・・・
出産予定日を一ヶ月と控えたモールを放牧地から馬小屋へ移動して
馬房での管理を開始しました。
獣医学書を読み、万全を期して馬の出産に挑んだ訳ですが、
モールは予定日より2週間早くさっさと一人で出産を済ませ
朝、馬房に行ったらまだいるはずのない子馬が元気にお乳を飲んでいました。
ウィリーは健康そのもので手がかからず
12歳になった今に至るまで、怪我や病気とは無縁の孝行馬。
そんな思い出を私に残して、先日ウィリーは新しいオーナーの牧場へ
旅立って行きました。
人と人が縁で結ばれるのと同じように
私は人と動物の間にも縁があると思っています。
それは人と人の縁の中から生じることも多く
ここに書く、人と動物の縁は1年かけて実ったものでした。
ウィリーの新しいオーナーになったのは高校2年生のリリー。
去年、一人で忙しくしている時に友人がリリーを紹介してくれて
学校が休みの時にお手伝いに来ました。
黙々と働き、馬が大好き、純粋で素朴な人柄に好感を持ちました。
私はお礼にと、
リリーが訪れると、ウィリーに乗ってもらいました。
彼女はウィリーの事を初めて乗った時から気に入り、
ここへ来る楽しみの一つになりました。
リリーは自分の家でも馬を飼っていたのですが
長いこと時を共にしたその愛馬を去年の暮れに突然亡くしてしまい
気の毒なくらいにその傷は癒えないでいたようです。
その出来事は、友人の連絡で知り、
それからしばらくリリーがここへ来る事はありませんでした。
そして、2020年が明けた1月半ばの事です。
リリーを紹介してくれた友人がご主人とリリーの3人で
グリーンウェイランチを訪れました。
日々、忙しい中での突然の来訪だったので経緯は覚えていませんが、
気落ちしているリリーを励ますために、ウィリーに乗せてやって欲しい・・・、
といったような内容だったと思います。
久しぶりに会ったリリーの表情は硬く
「大丈夫?」
と聞く私に、はにかみながら一言
「はい。」
と答え、私はその先の会話を続けることができませんでした。
愛馬を失う経験は私もしているので、そのつらさは十分察せます。
その日に撮ったリリーとウィリーの写真を友人が送ってくれました。
つい先日あった出来事がなければ話はここで終わりになりますが、
愛馬の死からリリーの落胆ぶりは長く続き、それを見かねた友人夫婦が
最後に会った時から、4ヵ月ぶりに牧場へ訪れました。
そして突然ウィリーの事を話題にしてきたので、正直戸惑いました。
話はほとんど一方的でしたが、
友人夫婦のリリーを救ってあげたい、という思いは十分伝わってきました。
他にも馬を探したけれど、リリーをもとに戻せるのはウィリーだとも言われ、
私もリリーがウィリーの事を好きなのは以前から知っているので
社交辞令でないのは分かりました。
ただ、私は交渉事に情を絡められると妙に引いてしまうところがあります。
なぜなら、自分自身が情にもろく、可哀想な話を聞くと同情して
振り回されるのを知っているからです。
ところが、ほとんど強引と言えるほどに熱心に語られたのと、
ウィリーを望んでいる人は馬を大事にしてくれる人だというのは知っていて
ウィリーを転売することはなく、生涯リリーの自馬として手元に置き、
馬の幸福と健康を第一に考えて飼育管理を行うと約束してくれたので
迷いはあったものの、ウィリーを手放すことを決心しました。
話し合いが成立した翌日、
ウィリーを自分の牧場へ移動するためにリリーは親の運転するトレーラーで
迎えに来ました。
私は、AQHA(American Quarter Horse Association)の
馬の名義変更同意書にサインしたウィリーの登録書をリリーに渡し
それを手にした彼女は、新しいオーナーが記入する欄を緊張しながら
埋めていたのが印象的で微笑ましく思いました。
まだ高校生の彼女には、このような書類の扱いは慣れているはずもなく
私は大事に育てた馬の重みを、この作業で感じてもらえたような気がしました。
最後に放牧地へウィリーを取りに行くとき、
リリーとウィリーの縁を繋げた友人夫婦、リリーの両親、研修生の園花さんと私で
その様子を見届けました。
リリーは新しく自馬になったウィリーのための引手とムクチを手に持ち
少し躊躇しながら放牧地に入りました。
ウィリーは物珍しそうに大勢の人を見ながら大人しく立っていましたが、
なかなか馬に近寄ろうとしないリリーに
「自分の馬になったんだよ。 堂々と馬に近づきなさい。」
という声がかかり、それに促されてウィリーに近づいた後
ムクチを付けて静かに馬を放牧地の外へと引いてきました。
その様子を見守った人たちが写真を撮り始めたので、
なにかの一シーンを見ているような気がしました。
その日の夕方、家で休んでいるとウィリーが無事に家に到着してとても落ち着いて
トレーラーから降りたという内容とお礼の言葉、そして写真が届きました。
外は日が沈み、家の中は暗くなったのに私は電気を付けることも忘れて
ソファに座ったまま、今日の出来事にまつわる様々な流れを思い出していました。
ウィリーがグリーンウェイランチで過ごす最後の日の写真を見ながら
自馬になったウィリーの隣に立つリリーの笑顔を見て、感慨深い思いに浸りました。
2020/05/28 3:57:57 | リンク用URL
GREENWAY RANCH
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